Update いたしました~
2014年 秋
撮影としては二度目の鎌倉も偶然なのか9月でした。
こうやってみると3年ぶりだったのかぁ・・・とかなんだかしみじみと。
報国寺にて
このとき来ていたTシャツが黒地に白文字というスタンダーとなものだったんですけども、見事に白文字の縁のところに「まッピンク」すぎる妙な色の暴走みたいなものが~(・・;!! 上の1枚はたまたまそうなっていなかったのでラッキーでした>< これが噂に聞くハレーションというものなんだろうか・・・。
2014年 秋
竹の寺
ヒガンバナ(彼岸花)にはアルカロイド系の毒があるそうですが、割といろいろな花々には毒があるようですし、
触ってみたんですが大丈夫でした^^;
報国寺へはとりあえず鎌倉駅からタクシーで・・・ というのが大きな間違いで、バスで浄妙寺とかまででるべきでした>< 鎌倉駅のタクシーが超絶こみこみで、待ち時間が20~30分(・・; 杉本寺へも立ち寄ってみたんですが、途中で水分が切れて(汗)頭がクラクラしてきたので石段を昇れずに諦め(汗) バス自体はかなり便利だな~とは思ったものの、タクシーの待ち時間で40分くらいロスしてしまって、永勝寺には行けませんでした(ーー; 無念。
このときは、新調したフィルターをつけていたらなんか知らないけども色かぶりが激しくてアワワワ(・・; しかもそういうときに限って RAW データを保存してなくて、無理矢理に JPEG からなんとか取り出したんですけども、スキルの無いわたしには無理な話だったというか><
御朱印をいただきつつ
(画像あとで)
前から食べてみたいなぁと思っていた「生しらす丼」を食してみました。お昼の2時くらいだったんですが、売り切れ間近でギリギリだった感じ。一人だとちょっと量が多いかなー?とか思いましたけども、とっても美味しい~^^v
どこか時間制限のないところへ行こうとなって、「源氏山公園」と「銭洗い弁天」へ向かうわたしたち。源氏山公園にはいろいろな花が咲いていて、源頼朝像もあるしで面白いのだけども、ちょっと小さいなーとか思ったり^^;
弁天様に到着するとそこは・・・ なんと閉まっている(・・;!!
よく写真で見かける銭を洗うところは真っ暗でかろうじてあたりが見えるくらい(言い過ぎかも)。来ることはできたけども、お店や社務所さんなども全て閉まっていたので、なんともからぶり感が否めない私。お土産を買うこともできないので、鴨居のつらなる奇妙な道で少し撮影だけして次の場所へ・・・。
この2014年 秋の鎌倉は「日帰り」で「山と海」というつもりだったんですけども、距離感が無かったので今にしてみれば、「山と海は分けるべきだった・・・」と激しく後悔。あとはやっぱり「鎌倉駅からタクシーで高速移動しまくり」というのは鎌倉だとちょっと無理だな~とか思いました。
とりあえずは潮風の香る七里ケ浜へでて、陽が沈み始めた海の美しさに感動。潮の香りがもう言うことないくらいに最高にすばらしくて、風もいい。遠くには富士山も見えて、わたしが歌詠みならここで一句という感じでした。
イタリアンのアマルフィさんというお店に偶然、テラス席があったのでそこで夕食を。
目の前の道を挟んで向こうには砂浜と海が広がっていました。
カメラ: ニコン D5100
レンズ: NIKKOR 単焦点 35 mm/F1.8
2011年 秋 - 初めての鎌倉
鎌倉初日
暴風雨にあってしまい、この日は残念ながらどこへも行けなかったです><
ホテル近くのローソンには一度歩きで行ったのですが、風が強すぎて前になかなか歩けないという状況で、この日に予定していた長谷寺さんのライトアップイベ ントにはお邪魔できませんでした(--;
長谷寺、由比ヶ浜~稲村ケ崎
由比ヶ浜から稲村ケ崎まで歩いていき、浜辺を散策していたら新田義貞の史跡がありました。どういったいきさつでここに立てられたのかはよくわからないので すけど、南北朝時代の著名人の史跡を目にできたのはなんだかとても貴重な体験でした。
追記
あとになって知ったのですけど、由比ヶ浜っていうのは鎌倉の時代に実在した”鎌倉陰陽道”において、西を守護する場所だったそうです。
景色写真
右の道にはアメリカンスタイルなバーやハワイアンなクアアイナバーガーなのが立ち並び、遠くには江の島が見えます。左には写真には映ってないですけど逗子 マリーナがあるので、だいたいそんな位置関係です^^; この日は朝から25度くらいあってめっちゃ晴れでした☆ 風も軽く吹いている程度でお散歩するに は最高の日でした♪ でも波はとても力強くて、ちょっと怖かったりもしました。
↓ しつこくてゴメンナサイ(--; ちょっと最近この透かし家紋シリーズにはまってまして
伝承によれば、源義経さんの愛妾であった静御前さんが義経を思い舞ったといわれる場所です。朱色の塗りはかなり新しく、鎌倉時代から存在しているわけでは ないのでしょうけど、祀られることの少ない義経さんと静御膳さんなので、大切な場所だなぁって思いました。
追記
現地で調べたわけではないのですけど、この舞殿は塗りの新しさと建物の感じから思うところ、たぶん鎌倉時代のものではないだろうなぁ、とは感じました。鶴 岡八幡宮自体は源頼朝時代からの八幡宮の場所だとは思います。
オバマ大統領が鎌倉を訪れたときに鎌倉大仏を訪れたそうなのですが、その大仏通りにはとてもたくさんの甘味処が並んでおります。洋風から和風で・・・。私は京都でも日光でも奈良でも鎌倉でもひたすらに抹茶を味わいます。あの渋さと緑の香りがたまりません><B 抹茶最高~!!!
懐石料理「近藤」 様 にて古都鎌倉の冬の味をおいしくいただきました。感謝です☆ あづまの国の懐石の真骨頂、とても深いです。
↓磯の香りがたまらない絶品です!!寒い冬でもあつあつ~の海藻鍋でぽっかぽか♪
↓お食事後のデザートは5種類くらいから好きなものを選べます。私は夕月のような一品をいただきました。紅の江戸切子のグラスも木イチゴと絶妙にマッチし ていて、旅の疲れも癒されます^^
歴女ゆかより - 2015/3/9 追記
現在の鶴岡八幡宮は江戸時代後期に造られたものらしく、鎌倉の頼朝時代のものはほとんど謎のようです。ただ、設計をしたのがどうも浅草の大工さん だったらしいとか・・・。段葛については、司馬遼太郎さんの街道をゆく(42巻)によれば、「神の通る道」で、かつては頼朝やその妻などのごく一部の人だ けが歩けたそうです。どちらにしても、実用的というよりは、象徴的なものだったようですね~(・・; 鶴岡八幡宮はそんなこんなで一度は場所が変わったりもしているようですが、八幡宮を一種の宮殿と見なして、すぐ外に若宮往路が見事に一直線に海へとつな がっています。こればかりは800年前も今も変わらない情景のはず。どうしても京都や加賀金沢と比べちゃうんですが、それらの素晴らしい都市空間にも”宮 殿を出て一本道で海へ”という風景は見られないと思うんですよね。京都は今の御所もかつての御所も海からは遠いし、金沢のお城などは城下町を含んだ巨大な 近世都市の空間だけども、惜しむらくは海へつながっていないから・・・。だから、鎌倉はその点で、とてもかっこいいなぁ~とか思ったりします。ヨーロッパ についてはあまりよく知らないんですが、パレスからまっすぐ歩いたら海っていうのはそうそうはないような気もします(ポルトガルかオランダ、ベルギーあた りならありそうかな・・・)。←かなり適当な推測。鎌倉といえば、私にとってはやっぱり「義経」という人の存在がとても大きいです。義経について、私がどうも昔からわからないのは、「頼朝から義経 に、”弟であり、功績も大きいからといっても、でしゃばるのは困る。”とはっきりと言ってあげればよかったのに・・・。と思うんですよね。頼朝はなんで遠 回しな行為で義経に伝えようとしていたんだろうか。私が2014年に奥州は平泉を訪れた際に、義経終焉の地を訪れたので、後日掲載いたします~(ブログに はもう載せてありますけども)。